尖閣諸島 魚釣島にある慰霊碑の洋上慰霊祭に参加

平成24年8月17日から21日までの「第10回 石垣・宮古・与那国 3島合同 尖閣諸島漁業活動」に参加しました。

18日は、石垣島に建てられた慰霊碑で参拝。Cimg0709

新川漁港で、岸壁からお見送りしてから10回目となりますが、尖閣諸島まで行くのは2回目。以前は、3・5mという波であり、背中の骨がきしむという体験もしましたが、今回は、凪。

18日、漁港から魚釣島まで8時間かかったが、おかげで寝る事が出来た。

月の出ていない夜空を見上げて、あまりの「星」に声もでない。ひゃ~!!プラネタリウムの大判??東京高円寺生まれの私は、生まれて初めてこのものすごい星を見た。

天の川もくっきり見える。写真には映らないので、心に刻みつけるしかないが、感動!!感動!!

17日の午後羽田空港から出発。これまで、法律をしっかり守りながらの漁業活動だったが、15日の香港の活動家が、魚釣島に上陸し、赤い旗を振り・・・Vサインをして日本が馬鹿にされた様子をテレビで見て、参加者は、怒りが頂点に達していた。

荒川区の小坂区議から、何度も、「上陸の許可はおりたのですか」と聞かれるが、国会議員に迷惑はかけられないし、船の漁師さんにも迷惑はかけられない。

ただ、多くの参加者が、もし上陸ができたら・・・との思いがあって、軍手やウエットスーツ等準備はしていたようだった。

私も以前行った時に、漁船の上は長靴では歩きにくかったので、お神輿の時の「地下足袋」を買っていった。内心、これなら上陸する時に岩場に登れるだろうとも思っていたが・・・。

慰霊祭についてあまり知られていませんが、・・・・・・。

戦争中に石垣島から台湾に 2隻の船で疎開する時に、アメリカの爆撃にあい、一隻は沈み一隻は、魚釣島に流れ着いたとか・・・。島には食料もなく、餓死者もでて、このままでは全員死んでしまうとの事で、若い人が選ばれて小船を作って手こぎで石垣島に向かったようです。

アメリカの爆撃機の音が聞こえると、船をひっくり返してその中に潜み、音が遠くになったらまたこぎ始めたようですが、今の漁船で、8時間の距離ですから、3日位かかったようでした。多分、飲まず食わずでしたでしょう・・・。命がけです。

石垣で助けを求め、石垣島に救助にいったのが、8月19日でした。島で亡くなった方々の小さな慰霊碑が、灯台の近くに見えましたが、政府の許可が出ていれば、ここでの慰霊祭が行われたはずでした。

しかし、領土議連(山谷えりこ会長)に許可は出ず、洋上慰霊となった訳です。船団は、21隻ありましたが、私の乗った船は、山谷えりこ議員・長尾議員・小礒都議・田母神頑張れ日本会長、そして3人の神官さんが乗っておられました。Cimg0742 Cimg0751 Cimg0748 Cimg0732

遠くに見える小さな慰霊碑にむかって、洋上慰霊祭は、粛々と行われましたが、上陸しその慰霊碑の近くで慰霊したかった・・・と、残念でなりません。Cimg0744

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